公益財団法人 相模原市産業振興財団

チャレンジ

プラスキープランニング 前田 雅代プラスキープランニング 前田 雅代

今年2006年の相模原・津久井SOHOサロンのメインテーマは「チャレンジ」。

チャレンジという言葉から私が連想するのは高跳びのバーだ。
体育の成績は普通、身長も低いのだが不思議と高跳びは得意で、高校生の時に一番背の高いクラスメートと二人で最後を競い合ったこともあった。
1センチ刻みでバーが高く設置される。
グンと高さを増したように見えるバーを見つめて思う。「絶対にクリアしたい」。
高まる期待と緊張の中、助走をつけて右足で踏み切るベリーロール。
バーを確かに越したという感覚。
ちょっと上の目標が良い。

努力すれば、少し背伸びをすれば手が届きそうな高さがちょうど良い。
手に入れようと求める気持ちが、ヒトの可能性を大きく伸ばす。
誰でも好きなこと、興味のあることには夢中になる。時間を忘れて熱中する。
必要に迫られれば辛いことも乗り越えることができるものだ。

私も独立して今年で10年目になる。
経営コンサルタントの会社に勤めていたが、会社の方針と自分の考えが異なり、辛い思いをしていた。
それでも耐えねばと頑張っていたがその結果、当然ながらのように病気になった。
入院・手術の体験を通して生き方を自問していた。
我慢を続けて何をしようとしていたのか。
誰かの役に立ちたいという思いでコンサルタントを志したのに、本当に誰かの役にたっているのだろうか?
会社に早く戻るように急かされながら、私は混乱していた。

診断士の資格を一緒にとった仲間は、次々に独立を果たしていた。
そして当然のように誰もが言った。
「独立するつもりで診断士になったんじゃないの?」
自分のことは良く分かっていると思い込んでいたのは、ある意味では傲慢だった。
自分の姿は鏡に写さなければ永遠に見ることはできない。
他人の目は鏡だ。
友人の目には、私が会社勤めをしていることが奇異に映っていたようだ。

会社に勤めていれば、ある程度の経済的保障は得られている。
だが圧倒的に束縛される。
そう。私は支配されることが何よりも苦手だったのだ。
だからいかなる存在でも、拘束しようとするものは手かせ足かせに思えた。
自分の責任で自分の足で歩きたい。これで決まった。
経済的な安定は、
自分で歩くものは自分で築くものだ。

チャンスはいつも輝かしく素敵な姿で待ち構えているものではない。
自分を活かそうと思えば、いかなる出来事もチャンスに変えることができる。
病気も一見不幸に思えるが、私にとって独立のチャンスだった。
病気がなければ、私は我慢を積み重ねてつらい毎日を今も送っていたに違いない。
もちろん環境を十分に整えておく必要もある。
だが環境も完璧を求めていたら、チャンスを逃す。

私の場合、先に独立していた先輩や友人からの助けを得られるという環境が整っていた。
彼らから求められて一緒に仕事をしたり、あるいは紹介されたりして仕事の基礎を固めることができたと思う。
時期は遅くても早くともいけない、チャンスを活かすにはちょうど良い時期がある。
それを見極めるのも大切である。
そして何よりも今の自分を変えていこうというチャレンジ精神が必要だ。
チャレンジとは、やみくもにあちらこちらに走り回ることではない。
自分の進むべき方向を明らかにしておき、風向きが有利に変るまでじっと様子を伺う。
チャンスを待つものには、必ず時は来る。

何かをしたい。でもそれが何か分からない。
そういう人は、今は、情報を収集する時期なのだ。
うまくいかない、そういう人も準備段階にあると思えば良い。焦ることはない。
高く跳ぼうとするならば、それだけ長く助走を必要とする。

より高く、より遠くへ。
私の人生は、チャレンジの連続。
ああ、ワクワクする毎日。
経営コンサルタント
中小企業診断士・商業施設士
プラスキープランニング代表

前田 雅代

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